1.店長story 2012夏

 

《私が「鬼」になった日》

 

 

思い返せば、会社を作った2014年6月は私一人でした。

 

と、その前に会社を作るすべを何も知らなかった私は

他社の社員にさせてもらい昆布販売の営業をしていました。

 

そうなると、昆布を販売する仕事を始めたのは2013年からとなります。

 

なんでいきなりただの主婦が始めたの?って思いますよね。

一言でいえば「他にやる人がいなかったので、

成り行きで一人で始めることになった」です。

6年前、義理の父が経営していた水産加工会社が

苦渋の決断で閉鎖することになりました。

 

 

鮮魚や昆布原料の卸業の他、イカの塩辛、たらこ、

イクラしょうゆ漬け、松前漬け等数種類の水産加工品を

製造していて、地元でも大きな加工会社でした。

 

しかし、長引く不漁と燃料費の高騰が続き、

昔大漁が続いた時に建てたバカでかい冷凍庫や冷蔵庫、

中国からの派遣社員用社宅等の維持費や

仕事がほとんどなくても年間を通して雇わなければならない

女工さんや社員の給料ががかさばり、

父も主人も苦悩の日々を送っていました。

 

そんな状況とはつゆ知らず、

4人目を産んだばかりだった私は

「子育て、やっぱ、、、しんど〜い。

早く、おっきくなんないかな〜」と

毎日うるさい怪獣(こども)たちと戦っていました(-"-)

 

そして、4人目が8か月になる頃、

夜、主人に呼ばれ、

 

「もう、会社はダメだ」

と宣告されました。

 

 

 

そして、

 

 

 

「会社を(俺を)助けてくれ」   と言われました。

 

 

 

???

・・

・・・イラっ・・・(−−〆)

・・・イラっ・・・イラっ(−−〆)(・・・子育て中はすぐイライラする。)

 

 

 

 

ムカっ💢ムカっ💢ムカっ💢ムカっ💢

 

 

    ブチ!! (・・・子育て中はすぐキレる。)

 

 

「なんで、私がだよっ!!!」

 

・・・店長のビッグバンが始まりました。

 

 

 

 

その頃の私には、主人を思いやるという優しさは

持ち合わせていませんでした( ̄▽ ̄)

 

 

 

「子育てで、こっちは、

  いっぱいいっぱいなんだよっ!!💢」

 

 

 

その夜から、2013年4月の前会社閉鎖に向けて、

自分史上最大の波乱万丈人生が始まったのでした。 

 

 

 

次回の「店長story 2]・・・http://konbumura.jugem.jp/?eid=22

 

 

 

 

 

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(辛いことも多かったですが、自分の人生の舵取りをする為に

必要な経験をたくさんしたと思います。

この店長STORYは昔の暗い話ばかりが続きますが、

読んだ感想や応援メッセージを頂けると嬉しいです(^^) )

 

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8 店長story 2012秋

             前回の「店長story 7]    

             http://konbumura.jugem.jp/?eid=30

 

 

《会社縮小に向けて》

 

 

2012年 秋

 

融資を受けられる可能性はなく、

また受けたとしても事業を回していくだけの

漁も見込めない、製造もできない。

 

よって、

山の工場・冷蔵冷凍庫・事務所はすべて閉鎖することを決意しました。

 

中国から来ていた派遣社員10数名はその年の秋を目途に解雇しました。

 

次に冷凍庫内に入っている数トンものイクラやたらこなどの商品を

取引先に販売しました。

 

状況を理解していただいた札幌の大きな取引先社員の3名の方が

わざわざ挨拶に来てくれました。

 

普通ではありえない量をまとめて買ってくれました。

 

 

そして、ある日は現金300万を持って

北電へ電気代を支払いに行ったりもしました。

 

 

状況が刻々と変わっていく中で

また主人と札幌の弁護士の所へ報告&相談に行きました。

 

 

提出した資料を元に臼山弁護士(仮名)と公認会計士が話し合い

デューデリジェンス(Due Diligence)を作成することになりました。

 

・・・?

なに、そのシャレた名前のやつ!?

 

デューデリジェンス
組織や財務活動・リスクなどの調査書類 だそうです。

 

その頃の私たちは悪い受け身体質でした。

自分たちで作ってしまった状況を他人に助けてくれ!と

言ってる状態です。

 

なので、それが必要なのかどうかも判断できずに

ただ言われるがままに受け答えをしていました。

 

なんとも無責任極まりない。

 

 

札幌からの帰り道、義母から電話が入りました。

 

「湯婆婆様が怒っている、、、」

 

と。

 

なんで?

 

「自分たちだけで札幌の弁護士の所へ行ったのが

悪かったらしい。謝りに行きなさい」

 

なんで!!??

 

おかしくないですか?

 

何故わざわざ謝りに行かないといけないのでしょうか?

 

しかも、何を謝るの?

訳が分からない。

 

いちいちご機嫌取って、お伺い立てて、

了承をもらわないといけないってこと?

 

 

 

 

 

・・

・・・

 

やってらんねぇ💢

 

 

 

 

 

でも母や主人は、

湯婆婆様はえらい(?)から、言うとおりにしないと良くない。

湯婆婆様に縁を切られたら大変。と言います。

 

 

 

 

 

・・・あんたたち、

洗脳されてないかい? ( ̄▽ ̄)

 

 

 

この状況で、まだ神頼みかよ。

 

神様が何をしてくれるんだよ。

 

しかし、嫁として従うしかありませんでした。

 

結局、家に戻る前に湯婆婆様に謝りに行きました。

 

「勝手な行動をとってすみません。

湯婆婆様にこれからも相談していきたいです。」

 

怒られ、泣きながら謝りました。

 

 

「んだべ〜。 わしが何とかしてやるから。

次行くときはわしも連れてげ!!!!!」

 

 

 

圧っ!圧っ!

 

 

でっかい顔と圧に、負けました(涙)

 

 

なんだろう・・・この不愉快な気持ち(-"-)

 

 

そして、数日後。

 

湯婆婆様と主人と三人でまた、札幌へ。

今回は雪が降ると危ないので、JRで行きました。

 

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そんなこんなありながらの私の楽しみは、

JR北海道の車内紙に掲載されている

小説家小檜山博氏の連載エッセイを読むことでした。

 

のちにエッセイをまとめた本「人生謳歌」も購入しました。

 

北海道滝上町の厳しい自然の中で、

逞しく生きる少年時代の話が軽快に書かれていて

読んでいると、励まされる思いがしていました。

 

--------

 

弁護士事務所に着いてから、

何ページも細かい数字等が書かれたデューデリジェンスを渡されました。

 

けど、

 

けどっ、

裁量のない私たちはそれを見てもなんもかわかりませ〜ん (^^;)テヘ

 

 

主人と私、心の中。。。

 

「これがあるからと言って、

なんも変わんないんじゃない? 」 

 

「んだね。」

 

・・・おバカな二人 (*´▽`*)テヘ

 

 

 

とりあえず父に持ち帰ることにしました。

 

 

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7 店長story 2012秋

                    前回の「店長story 6]

                    http://konbumura.jugem.jp/?eid=29

 

 

 

 

《銀行へ融資のお願いに行く》

 

2012年 秋のはじめ

 

悪化する資金繰りをどうにか食い止める為

最後の手段としてメイン銀行にお願いしに行くことにしました。

 

父と主人と、、、私も。

自分て、出しゃばりだな〜と思いながら付いていきました。

 

銀行の広い会議室に通され、

三人並んで父、主人、私の順に座りました。

 

 

お茶を出され待っている間、三人で話す順番を決めました。

 

最初誰から話す?

「○○はパパ言え!」

 

「△△はお父さんでしょ!!」

 

「××はママ言って!!」 

 

「それ、お父さん言わないで、どうすんのさっ!!💢」

 

三人でこそこそと小競り合い(小学生並み 汗)をしていると、

銀行のナンバー2の方が颯爽と登場しました。

 

 

スーツ姿の人は、現れる時サーっと早歩きで登場するんですね。

(札幌の弁護士の時もそうだったなぁ)

 

 

ナンバー2の人、

なんか手ごわそう〜 なんか怖い〜 (ToT)/

 

 

 

 

 

顔が脂ギッシュで目がギラギラしてるぅ〜

 

 

 

 

 

 

ビビりながらも、まず私から淡々と状況説明をしました。

 

そして父から支払いの延期と融資のお願いをしました。

 

ギラ男 「売上も大漁が続いた過去に比べると

減ってきてはいるものの順調に推移しているし、

在庫あるんでしょ!? すぐに必要な理由があるんですか?」

 

返答に困り、しばらくの沈黙の後、主人が重い口を開きました。

 

 

「売れる在庫も、なんもかも、ないです。」

 

・・

・・・

 

( では、 今まで提出していたのは・・・ 粉 〇 決 〇 )

 

だれも口にはしませんでしたが、みんなが皆、心の中でつぶやきました。

 

 

 

ギラ男の顔がみるみる鬼の顔になりました。

 

 

父が弱弱しく内情を報告しました。

 

ギラ男が頭をフル回転させながら何かを考え

答えを出そうとしています。

 

 

 

ギラ男 「どうにかなんないんですか?」

 

父 「もう、どうにもなりません」

 

 

 

話の流れからして、融資を受けても支払いに回されるだけ。

 

魚を買って利益を出していく商売を出来るだろうか。

 

この南茅部全体の漁からして、無理では・・・。

 

 

ダメ元でお願いに来ましたが、父の話を聞きながら

やっぱり駄目だよなぁとさらに弱気になりました。

 

 

ギラ男

「この状況で簡単に承諾できないですね。

後日在庫状況等をお知らせください。」

 

 

ギラ男、

最後まで目がギラギラしてて、まぶしかった。怖かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、 だめだな。

 

 

                  次回の「店長story 8]

                                http://konbumura.jugem.jp/?eid=31

 

 

 

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6 店長story 2012夏の終わり

                                                前回の「店長story 5] 

                                                http://konbumura.jugem.jp/?eid=27

 

 

 

《水産加工会社の社長と会う》

 

2012年、夏の終わり

 

札幌の弁護士に相談してから、

将来的に成長していく見通しのないものを廃止したり

在庫整理の為の帳面づくり等をしていました。

 

うちがこうなる数年前から道南にある水産加工会社は

勢いがなくなり数件倒産していました。

 

どこも同じように苦しい状況が続いていたのです。

 

 

札幌から戻った数日後に

同じ加工業者の社長と会うことになりました。

 

 

社長室に入るなり、

 

「おめぇら、なしたのよっ💢!!」

 

 

罵声で、やられました。

 

ほんと、田舎の親父は訛ってて、口が悪い(-"-)💢

 

 

「ほんずねぇなっ。

銀行の言いなり。能無し。なんも考えねぇで、

たんだ大きくしちまって。ほんとばかだよ〜おめんどごはっ!!」

 

 

初対面でこれかいっ!!(-"-)

 

このクソ親父めっ!!!

 

会社について自分もそう思ってたけど、

他人に言われると、むかつく〜( ̄▽ ̄)。

 

実は、小さい町にいながら、この時初めて社長に会いました。

 

六畳一間の畳の部屋(一応社長室)で小さなちゃぶ台を挟み、

一対一の勝負!?

 

なぜか口悪社長と私、けんか腰で話がスタートしましたっ。

 

初対面ですが、遠慮はしないと決めました(笑)

 

 

 

 

 

毎年秋以降の水揚げが多い時期は一日でお金が億単位で動くために

前もって融資を受けながら鮮魚を買い付けていましたが、

もう今年から打ち切られてしまいます。

 

鮮魚を買うと、ぎょれんへの支払いは数日後と超タイトの為

支払いが出来ないと、すぐに「取引停止」命令が浜に出され

商売が出来なくなります。

 

そして担保としていた定期預金も支払いが滞った分として

没収されます。

 

一瞬で飛びます。全てがストップします。

 

冷蔵庫や冷凍庫、その他設備の電気代だけでも月に数百万。

北電に支払わないとすぐに電気をストップされてしまいます。

 

庫内に保管してある商品はすぐに不良品になります。

 

 

会社は浜のすぐ目の前と小高い山に分かれてあります。

山の方には事務所・外国人社員寮・冷蔵冷凍庫・加工場など

大きな建物がありますが、それを回していくだけの余裕はもうないです。

 

 

もう、本当におしまいです。

 

 

どうすればいいんだろう・・・

 

 

これからの時代、もう昔のような漁を望めない。

どこかで区切りを打たないとダメだ。

早く決断しろ。町内への支払いを優先しろ。早く動け。

 

 

自分がしゃべっていたのか、社長がしゃべっていたのか。

 

「ほんと、何もかもクソったれっすよ!!!」

 

初対面の社長に対して愚痴を吐きながら、

 

やるべきことを再確認しました。

 

 

 

帰り際に、

 

「おめぇ、しっかりやれよ」

 

と、ひとこと、言われました。

 

言葉にできず、心の中で、 

 

「社長、ありがとう。」と言いました。

 

 

このままでは資金がショートして身動きが取れなくなる。

 

メイン銀行にもう一度、最後にもう一度融資をお願いして、

魚を買って、商売が出来るように、、、、なりたい。

 

どんなに小さくなっても。

 

この浜でずっと、仕事ができるように。

この浜でずっと、父が軽トラに乗って走れるように。

 

 

この南茅部の浜で、いつも目にする景色を失いたくなかったです。

 

この浜でずっと続いている、リ丁(屋号)を存続させたかったです。

 

 

駄目になるならなるで、

 

取引先に未払いを残さず

 

従業員への給料払いを済ませてからじゃないと。

 

駄目になる前に次の生きる道を探さないと。

 

この頃から、いろいろ覚悟し始めました。

 

 

ただ、最後にもう一度、

ダメ元でもメイン銀行にお願いしないと。。。

 

 

                  次回の「店長story 7]

                                http://konbumura.jugem.jp/?eid=30    

 

 

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5 店長story 2012夏の終わり

                       

 

                       前回の「店長story 4]

                        http://konbumura.jugem.jp/?eid=26

 

 

《札幌の弁護士と会う》

 

 

 

2012年、夏の朝

 

主人と二人で湯婆婆様を迎えに行きました。

 

天気も良く気持ちのいい朝なのに、

私たち二人はどんより群青色の海のよう。

 

「おはようございますぅ〜」とゆっくり引き戸を開けると、

玄関に湯婆婆様が待っておられました。

 

札幌の弁護士さんへのお土産らしい、

野菜や果物、お菓子等々を脇に抱えていました。

 

湯婆婆様とお土産を車に乗せ、いざ、札幌へ5時間の旅... 出発です。

 

ここ2日間くらい寝ていない私でしたが、

湯婆婆様の話(ほとんど世間話)に相槌を打ちながら

なんとか失礼をせずに札幌へ到着することが出来ました。

 

立派なビルの駐車場に車を止め、

豪華な事務所のエントランスに入っていきました。

 

キレイな受付嬢二人に迎えられ、

事務所の方々と軽く挨拶をかわし

湯婆婆様は違う階の特別室に案内され、

私たち夫婦はエントランスのソファで待つことになりました。

 

なんか場違いな二人で身を寄せ合っていると、

お声がかかり、いくつもある部屋の一つに案内されました。

 

座って待っているように言われました。

 

しばらくして私たちが入ってきたドアとは違う扉が開き、

スーツ姿の弁護士一団が颯爽と入ってきました。

 

昆布の里、尾札部町にいると、

夏は白のランニングとカッパ姿の老若男女しか見ないので

スーツを着ている人を見るだけで、ちょいビビります。

 

 

 

(・・・あれ、先頭の人、禿げてる!?)

私はまだ心の隅に余裕がありました。

少しだけ親近感が湧きました。

 

実名を挙げるのを避けたいので、ここからは

トップ弁護士さんを「臼山弁護士」と呼ぶことにします。

 

臼山弁護士の両サイドには

若手弁護士2名が座りました。

 

左側にはペンをくるくる回しながら斜め姿勢でこちらに挨拶をする

 

「俺ってかっこいい系弁護士」と

 

思っていそうなナルシスト弁護士の左大臣。

 

右側には、まるで

 

「THE 歩く憲法」 と言わんばかりの

 

超真面目そうな弁護士の右大臣。

 

ようするに、

両大臣、どちらも、「濃いっ」。

 

 

「親父はどうした?」と聞かれましたので、

体調が悪い為、私たち二人で来たと話しました。

 

臼山弁護士の話では半年以上前から話し合いをしているらしいが、

現状報告や社長としてどうしていきたいのか等々、

全く話が進んでいなかったようで、ちょっとお怒りでした。

 

昨日まで義父母と主人とお局様や社員の方と話した内容を話し、

現状報告をしました。

 

また、今後の展開として縮小する場合や民事再生を受ける際の

会社の状況などを話しました。

詳しい内容や話した順序は覚えていませんが、

今の状態、これからのストーリーを淡々と話していたと思います。

 

「なんでわかるんだ!? YOUは以前何をしていた?」と

突然、臼山弁護士に質問されました。

 

ネットで民事再生や国の支援制度等について調べましたし、

いろんな会社の継続が困難になった方や

復活された方のお話もネットで書いていたのを読み、

自分たちがたどるストーリーは何個かその時点で想定していました。

 

 

私たちに、もたもたしている時間はないんです。

 

 

修復不可能な傷をさらに広げるだけの事業を続けることは

その先を考えると恐ろしいです。

 

どれだけ、縮小したら経営が続けられ、膨らんだ負債を返していけるのか。

 

金融機関や民間の取引業者さんへの支払いを滞ることもできません。

 

商売をやっていく上で、昔からの取引先や

町内の取引先に迷惑をかけることは絶対避けなければなりませんし、

支払いを滞ったまま、継続又は倒産した場合どちらにしても

この小さな漁村では生きていけません。

 

夜逃げ同然の悲しい結末が頭をよぎります。

 

 

臼山弁護士と話し合い、切り離す工場、在庫商品、資金繰りを

再度検討し提出するように言われました。

 

その後、公認会計士と話を詰めようという事になりました。

 

決断をしていかなければなりません。

 

父は自分の肉がちぎれる思いだろう。

 

私はその痛みがわからない分、冷静でいられる。

 

湯婆婆様は私たちを紹介してくれた後、

待っている間は大きなお風呂も付いたホテルのようなお部屋で

しばらく寛ぎ、法律事務所の方々とお話をされ、

私たちの面談を待っていてくれました。

 

湯婆婆様、ありがとう。

 

 

帰り道、湯婆婆様を降ろした後、

主人と話し合い、父と母を支え

なんとかこの状況が少しでも良い方向へ向かうように

頑張ろうと二人で話し合い決心しました。

 

続きはまた。

 

 

                  次回の「店長story 6]

                                http://konbumura.jugem.jp/?eid=29

 

 

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(辛いことも多かったですが、自分の人生の舵取りをする為に

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この店長STORYは昔の暗い話ばかりが続きますが、

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