18 店長story 《改心》2012.12.末日

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前回の「店長story 17」 

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店長story 18

 

《 改心 》

 

 

 

2012年12月末日

 


山の工場・冷蔵冷凍庫・事務所・社員寮・食堂を全て閉鎖しました。

 

窓はべニア板で塞ぎました。

 

ずっと稼働していた冷凍庫の氷が解け始めています。

 

年末、同じ水産加工業を営む社長の所に挨拶に行きました。

 

山の工場で働く女工さん達を引き取ってくれたあの社長です。

 

「たまちゃんよぉ、

これからだって、魚はもう獲れないで。

少ない漁でどうやって借金かいしていぐのよ!」

 

「・・・下の工場だけでやれることは限られています。

昆布巻きや昆布製品くらいしかできないですね。

原料さえ手に入ったら、松前漬けや酢イカとか作れるんだけど・・・。

・・・返済金額が大きすぎて、非現実的で何も考えられないです。」

 

 

中小企業金融円滑化法を利用しようと思っても、

既に○○億円の融資を受け、将来の見通しの立たない

会社には利用できないだろう。

 

また、役員の変更もなく何の具体策もない再生案など、

逃げの経営体質を続ける限り

民事再生法の申し立てをしても棄却されるのは目に見えている。

 

ずっと、○○億円を返すために一生働き詰めになるのか。

 

無駄に経費のかかるものはすべてやめて、

お金の垂れ流しを防いだとしても、

今度は出来ることが小さすぎて、全然稼ぐことは出来ない。

 

返済するのに100年もかかるだろう。

 

私たちが死んだら、4人の娘たちに返済義務が行くんだろうか。

 

しかし、幸いなことに私だけ保証人にはなっていない。

 

だとしたら、離婚して、子ども達は全員私の扶養にしたら

返済する義務から逃げられるだろうか。

 

 

「でも、社長。

 

まだ下の加工場で働く女工さん、4人残っています。

工場は電気が通ってるし、機械も動かすことはできます。

 

大阪の昆布屋さんから依頼されている昆布の仕事もあります。

 

年が明けたら、事業計画作って、税理士と銀行にも

相談してみます。」

 

「ほんずねえな。たく、お前さんたちは。

たまちゃん、年越し、うまいもん食って元気出せや。」

 

「社長、ありがとうございました。

また来年来ます。」

 

今回は丁寧に頭を下げ会社を出ました。

 

年末、義理の姉妹家族は帰省しませんでした。

 

こんな状態の実家だと帰ってきづらいですよね。

申し訳ないです。

 

 

2012年 いろいろありすぎました。

 

6月に1歳上の兄を無くしました。

 

生きるって何だろう。

将来に希望のあった兄が亡くなり、

将来に絶望している私が不平不満を言いながら生きている。

 

こんなひどい人生はすべて周りのせい。

私は悪くない。

↑↑↑

私の考え、最悪です。。。

 

「すべての現象 己から発す。」

この言葉を知ったのはずっと後になってからです。

 

、、、兄ならどうするだろう。

 

きっと、一生懸命に何かをやるだろう。

 

そういえば、私の人生一度も一生懸命に何かをやったことないかも。

勉強も、習っていた水泳も、ピアノも、家の掃除や手伝いも、

いつも手を抜いてやっていました。

 

 

優秀な兄と愚劣な私。

 

 

でも、同じ血が流れていたら、私にもできるかも。

 

自分の人生、手を抜かず、本気で生きてみようか。

 

2013年はいい年にしたいです。

よし、頑張ってみよう。

 

 

 

 

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(辛いことも多かったですが、自分の人生の舵取りをする為に

必要な経験をたくさんしたと思います。

この店長STORYは昔の暗い話ばかりが続きますが、

読んだ感想や応援メッセージを頂けると嬉しいです(^^) )

 

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